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zoom RSS スペイン旅行記 1(セビーリャ)

<<   作成日時 : 2010/06/19 23:50   >>

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かなり前から、最後の旅行先はスペインと決めていた。

しかも、ガウディ建築が街を彩るバルセロナや、ドン・キ・ホーテの舞台となったカスティーリャ・ラ・マンチャを目指すのではない。青い空と輝く太陽の南部アンダルシアが目的地である。

首都マドリッドからスペインが誇る高速鉄道AVEに2時間半揺られると、アンダルシアの州都セビーリャに辿り着く。6月のスペイン郊外は咲き誇るヒマワリが壮観な眺めを作り出すらしいが、あいにくの大雨でヒマワリどころではなかったのは残念。

さて、何故にアンダルシアなのかという点に触れよう。

8世紀前半、ダマスカスを拠点とするウマイヤ朝イスラム帝国が、ジブラルタル海峡を渡ってイベリア半島に侵入。その後、ウマイヤ朝が倒れてアッバース朝の時代になると、ウマイヤ家の支配者はイベリア半島に逃れて後ウマイヤ朝を開く。

この後、キリスト教の猛烈な巻き返しの歴史があり、最終的には1492年のグラナダ王国の滅亡をもってヨーロッパからイスラム帝国は姿を消すことになる。

と数行で振り返るとあっさりしたものだが、700年以上に渡ってアンダルシアはイスラムの統治下に置かれていたわけで、当然ながら今なお、イスラム文化の影響が色濃く残る地域なのである。

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例えば、セビーリャのシンボルであるカテドラル。キリスト教の聖堂として世界屈指の規模を誇る建造物であるが、この塔はもともとモスクの尖塔であった。

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どこからどう見てもキリスト教建造物であるが、もともとは15世紀にモスクの跡地に建設を始めた、という説明を聞くと、なかなか感慨深いものがある。

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カテドラルに隣接する観光地アルカサル。

こちらはもろにイスラム建築である。ヨーロッパまでやってきて、アラベスクとアラビア文字の装飾に溢れた建物にお目にかかるとは驚きだが、イスラムの撤退後もこうしていくつかの建造物が、キリスト教徒の破壊から免れて残っているのは幸運なことなのだろう。

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